大切なものは

第 6 話


「皇宮付きの医者が毒を盛ると?」

そんなあからさまな手段をとるほど医者はバカではないだろう。
熱で頭が働いていないのか?と、いまだ姿を現さないベッドの下の住人に言った。

「医者が私を狙い殺すというよりは、医者にそう命じる者がいる可能性があるという話だ。それに、多少熱が出た程度で医者を呼ぶなどあり得ないな」
「多少、ね」

人よりも、少なくてもルルーシュよりも体温の高い自分が触って熱いと感じるほどの熱が多少か。強がりだなとスザクは呆れた。だが、彼の母親を殺害した暗殺者が内部のものなら、医者を脅し検知しにくい毒を盛る可能性はゼロではない。そもそも、検視する医者が毒を調合したならば、毒殺ではなく自然死だと公表して終わりだろう。まさか皇宮付きの医者がブリタニアの軍師となった彼を、ナイトオブラウンズを毒殺するなど誰も考えはしない。

「この程度、私の所持している薬を飲めば何も問題はない。ところで今は何時だ?」

ベッドの下では時間を知る術が無いのだろう。
携帯もベッドサイドに置かれているから余計に。

「今は、8時を回ったところだ」

携帯に表示されている時間を伝えると、ベッドの下で舌打ちが聞こえた。

「今日は、ヴァルトシュタイン卿と6時から打ち合わせだったのでは?」

ビスマルクはナイトオブワンとして常に皇帝のそばについている。だから謁見の前にやれることを終わらせるため、ビスマルクに呼び出されるのは5時や6時という時間になる事が多い。

「8時か・・・ビスマルクに連絡を入れなければ」
「そう思うなら、急いでくれないか?」

いまだベッドの下から出てこないため、いら立ちを隠すことなく言った。
時間はもうないというのに、のんびりと返答している余裕などないだろう。直接会うのは無理でも、すぐに電話を入れようとは思わないのだろうか。

「あとは私一人で問題はない。枢木は控室に戻れ」
「そういうわけにはいかない。君に事をヴァルトシュタイン卿に頼まれている」

そういえば、今彼はビスマルクと呼んだ。
それは彼が皇族だからなのか、ナイトオブワンより上位にいるからなのか。
それとも、友人設定のスザクの前だからなのか。

「私のことを頼まれている?いらない世話だな。友人とはいえ、そこまでする必要はない。お前は私の従者ではないのだからな。それとも、私の従者になるか?」

友人、その設定を彼も知っているらしい。
それにしても、本当に記憶が消されているのだろうか。
消えているふりをしているだけの可能性もある。

「ふざけてるのか?いいから出てこい」

ルルーシュは頑固だ。
ジュリアスの性格はいまだにわからないが、ルルーシュの頑固さを引きついているなら、スザクがいる間ここから出てこない可能性がある。ならばここから出ればいい話なのだが、あれだけの熱だ。スザクがいなくなった途端にまた眠ってしまう可能性も否定できない。せめてベッドの下から出さなければ。
スザクは再び身をかがめ、ベッドの下を覗き見た。
それに気づいたジュリアスがまた右手を突き出してきたので、難なく受け止める。ベッドの下は暗くてよく分からないが、彼の顔が赤いようにも見えるので、薬があるなら早くに飲んで熱を下げてもらわなければと、横たわる体に腕を伸ばした。

「枢木!やめろ、触るな!!」

耳元で聞こえた怒鳴り声と拒絶の言葉に一瞬ひるんだが、聞くつもりなどない。
男にしては細い体をつかむと、ルルーシュが息をのんだのが分かった。そして、同時に手に違和感を感じた。なんだこれは?スザクは眉を寄せ、腕だけで引き釣り出すのをやめ、体をベッドにもぐりこませた。さすが皇族のベッド。高く作られていたおかげで、スザクの体もどうにか入り、嫌がるルルーシュの声も抵抗も全部節し、全身で抱きかかえるような姿勢で、その体をベッドの下からようやく表に出すことができた。手だけではなく、体を使い出したことで、余計に違和感は大きくなり、スザクは内心焦っていた。だから、ルルーシュの制止も聞かずに、マントをはがし、身に着けているシャツに手を伸ばした。

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